「毒親」の正体 水島広子

健康・学び

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本書は、精神医学的事情という視点で「毒親」について、解き明かされており、衝撃的であった。

子どもへの虐待のニュースを聞くたびに、なぜそのような関わりをするのか?
なんてひどいことができるのだろうか?という疑問が、精神医学的事情によって整理されていて、その原因を知ることができた。

混乱させる専門家たち

 「毒親」問題の難しさは、その原因が何であれば、結果としてその子どもが親子関係の改善を求めて似たような行動パターンに陥りがち、というところにあるように思います。
 その原因を「知る」ことができないと、子どもは「なぜなのだろう」という解釈を、自分でいろいろと試して見ることになります。しかしそれが正しいとは限りません。多くの診断学の専門家ではない当事者によってなされるのですから。むしろその「解釈」によってかえって事態がややこしくなり、お互いにストレスを与え合っている、というケースを、私は臨床の中でたくさん見てきました。
 また、その「解釈」をあおるように、一見分かりやすいようなストーリーを刷り込んできた「専門家」がいるのも事実です。例えば「親は不幸な自分の身代わりに子どもをコントロールしてきただけ」「そもそも家族なんて幻想」というようなものです。
(中略)
特に決めつけの強い「因果論」には、臨床家としてかなりの抵抗を感じます。例えば、母親は同じ女性として娘に嫉妬するもの、などという説が出回っているようですが、長い臨床で多くの親子を診てきて、そのような例に出会ったことはほとんどないのです。
(中略)
私の仕事の一部は、そんな「洗脳」を受けてしまった人たちを精神医学的に癒し、より現実的な家族関係を構築していく、ということでもあります。
『毒親の「正体」』(抜粋 P.49~50)
「毒親」の場合、その背景がこれからお話しするようにあまりにも多様なので、一面的な「解釈」では現実と合わないことも多いのです。同時に子どもは、親の人生をあれこれ想像して、親にとって最も優しい解釈を選ぶ傾向にあります。そして、それが現実とずれていることが多いのです。つまり、その「解釈」が、子どもの負担を増し、結果として病気になって私のところに現れるのです。
(中略)
 他にも、「毒親」を持つ人は、「なぜうちの親はああなのだろう」といろいろ考える中で、様々な「解釈」としていきます。「コントロールばかりする」という意識が強すぎると、「解決策」は「離れる」ことしかなくなります。近くにいる限り、コントロールされてしまうからです。また、「毒親」を持つ人のほとんどが、何らかの自己否定感や罪悪感を抱かされて育っています。その「解釈」は往々にして「かわいそうな親」を中心に形作られます。小さな子どもは、自分と親を切り離して考えることが基本的にできないので、「かわいそうな親」の原因は自分にもある、と思ってしまうのです。だからこそ、一般的には適切な対応だと思われることでも、「かわいそうな親にそんなことをしたらさらに傷つけてしまうのではないか」などという遠慮を生み、実現しなくなってしまいがちなのです。実現した場合でも、かなりの罪悪感を生むことになります。
 ですから、「毒親」問題を癒していくためには、「解釈」ではなく、「知る」ことがとても重要なのです。
 『毒親の「正体」』(抜粋 P.52~53)

「解釈」と「知る」の違いは、目から鱗。

毒親の抱える4つの精神医学的事情
(1)発達障害タイプ
  ・自閉症スペクトラム障害(ASD)
  ・注意欠陥・多動性障害(ADHD)
(2)不安定な愛着スタイル(不安型と回避型)
(3)うつ病などの臨床的疾患
  ・トラウマ関連障害
  ・アルコール依存症
(4)DVなどの環境問題
  ・深刻な「嫁姑問題」
  ・親になる心の準備不足
  ・障がいのある子の育児など、圧倒的な余裕のなさ
  ・親の親も「毒親」だった
  ・子育てより大事な「宗教」など
 『毒親の「正体」』(抜粋 P.105)

統合失調症の母親と父親の存在

私は、3歳くらいまで、養護施設に預けられていたことを小学生くらいのときに、父親から聞いた。

1つ上の兄を年子で育てている母親が、統合失調症を発症し、
自営業の父は仕事と家庭の両立ができず、子どもを一時期、養護施設に預けることにしたそうだ。

私の子どものころの記憶をたどると、父が飲んで酔っ払ってくると、涙あり笑いありで、その頃の苦労話を幾度となく話をしてくれたことを思い出す。

  • 毎週末、養護施設に父親は面会に行っていたそうだが、散髪した父親をみて、私は人見知りをして泣いて、施設の先生にしがみついていたこと。
  • 1つ上の兄には「いい子にしているから家に帰りたい」と頼まれ、涙が止まらず兄だけは家で育てることにして、施設から連れ帰ったこと。
  • その時期に、自分の手で育てることができなかった罪悪感から、私がしたいということは何でも応援してあげよう!と心に決めたこと。
  • 母親の精神病院から退院し、家族4人で暮らせるようになって行った後楽園遊園地で、仮面ライダーショーを最前列でお兄ちゃんと二人で並んでみていたとき、
    悪者に怖がって逃げ出した私を、後ろで見守っていた父が「おいで!」と抱きかかえようとしたら、するっと、すり抜け、どこまでも一人で走って去り、その様子を回りの人がみて、笑いをこらえていたこと、そして、この子は強いな、こうやって生きていくんだと感じたこと。
  • 近所の同じ年の子どもを育てている方たちが、気にかけてくれたり、面倒みてくれたりして、たくさんの方に助けてもらって、育てることができたこと。

私には、この養護施設に預けられていた時期の記憶は全くないので、
父親から話を聞くたびに「そんなことがあったんだね」と聞いていた。
父親が、湿っぽく話すわけでもなかったので、むしろ笑って聞いていた記憶がある。

私が、小学生~大学生の期間も、数年に一度、生活環境が変わるごとに、母は統合失調症を数週間ほど発症し、そのたびに、兄、父親と協力しながら、何とか乗り切ってきたことは鮮明に覚えている。
そしてこの経験は、大変なことは、家族と協力することで乗り切れることや、
苦楽を共にしたからこそ家族が同志のような感覚があり大切な存在であることなど、
私にとって、生きる力を培ったものだと認識していた。

この経験がマイナスだけではなく、プラスにつながっていると考える反面、

心のどこかで、

  • 母親が病気になるといけないから、あまり困らせたり、負担をかけてはいけない
  • 兄や私の子育てが大変で、母親にストレスがかかり病気になってしまった
  • 母親のことは大切にしないといけない
  • 私まで元気をなくしたら父親も大変だろうから元気でいなくちゃいけない
  • 父親まで病気になってしまったら、どうしたらいいのだろうと不安

そんなことを感じていた。
でも、そんなことは言ったり、考えたりしてもいいことがない気がして、
見ないふりをしてきたからかもしれないが、次の文章を読んで涙が出た。

 親にどんな事情があったにせよ、第一章(「毒親」は子どもを振り回す)でお話ししたように、そこで育つ子どもは大きな影響を受けるものです。「どんな環境でもすくすくと育つ子ども」など幻想です。また、「環境の影響を受けるなんて、人間として弱い」というのも、間違った認識です。
 「自分は子どもとして不適切な環境で育った。そして、それは自分のせいではない」ということを認めるのは、「自分自身の癒し」にとって絶対的に必要な認識なのです。
 この妨げになるのは、「何でも親のせいにするのか」「親のことを悪く言うものではない」「今さら昔のことを蒸し返しても」というような反論でしょう。
 これらの反論が力を持ってしまうのは、子ども自身が、そんな感覚をもともと(少なくとも、どこかしらで)抱いているからなのです。これには先述したように「子どもはかくも優しく親を思う」と言うほかない子どもの本質も関わっているでしょう。だから、「悪かったのは自分ではない」と割り切ることができずにきているのです。
 『毒親』の正体(抜粋 P.108)

「愛着障害」 岡田尊司

 ある研究では、二歳の時点で親から十分なサポートを得られた人の場合、青年期になってから、恋人に気軽に頼ることができる傾向が認められている。逆に言えば、二歳の時点で親からの支えが乏しかった子どもでは、恋人にうまく甘えられないということである。「はじめに」でも述べたが、愛着スタイルや愛着の安定性が、うつ病やアルコール依存症の発症リスクに関係していることは、この点と無関係ではない。
 『愛着障害』(抜粋 P.34)
 愛着の形成の臨界期は生後半年から一歳半の期間だとされるが、最近の研究では、生まれた直後から半年までの間でも、すでに愛着形成が始まっており、早期に母親から離された場合、社会性の発達などに影響があることが認められている。
 つまり、一歳半までの期間に養育者との間で愛着の絆が確率されてないと、安定した愛着の形成は困難になりやすいのである。
 『愛着障害』(抜粋 P.55)

これらを読んで、父親から聞いてきた私の幼少期の経験は、決して、人生を生き抜く力をつけた美談ではなく、私の愛着形成に影響を与えたものであることを認識した。

そして気付いたことがある。
それは、私の育児の怒りの原因は、

  • 私は、子どもの頃にそんなにわがままを言わなかったのに、なんでこんなに自由なのか
  • こんなに自由にしていいんだ

という我が子の行動が、私の幼少期の心の傷が刺激されるからではないかということ。

それに気づいてからは、私の育児のイライラが劇的に減った。

子どもは子どもらしく育っているだけであり、
子どもは何も悪くない

と受け止めることができるようになり、
それを怒りでコントロールすることは、私が子どもにとって「毒親」になることに気が付いた。
安定型の愛着スタイルの子どもの内に形成できるように、
私自身の愛着障害を知ることができて、育児ができるようになったのは、自分が「毒親」にならないために大きな一歩になった。

「安定型」の愛着スタイルを子どもの内に形成することが、私たちの誰もが求める「子どもの自己肯定感が育つように」「他人とちゃんと交流でき、信頼関係を作れる大人になれるように」「幸せな家庭を築けるように」という目的に合った育て方です。
『毒親の「正体」』 抜粋 (P.33~34)

『毒親の「正体」』『愛着障害』の書籍を読んで、「知る」という第一歩を踏み出せた。
書籍を書いてくださった、水島広子さん、岡田尊司さん、そしてこれらの書籍を紹介してくださった赤羽雄二さんに感謝している。

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